みたもの備忘録

ジャンルを行き来するオタクの妄言。たまにまじめなこと

日記:パーティーがしたい

とくに脈絡も何もなくパーティーがしたくなる日があって、今日がまさにそれだった。
いくつかツイートを読んでもらえばわかるように、わたしは別にパリピではないけれど、パーティーというものの空気感は結構好きだ。もちろん参加メンツにもよるけど……。

突き詰めてみるとパーティーそれ自体というよりはパーティーに伴う料理だの飾り付けだの、すなわち計画準備段階に発生する作業がわりかし好きな作業である、というそれだけの話なのだけれども。
特に結婚式はよい。ウェルカムボードとかペーパーアイテムとか料理のセレクトとか、楽しい作業が盛り沢山だ。わたしの求めるパーティー像。

しかし問題があって、わたしは結婚式どころか結婚すら予定がないので、わたしの望むパーティーの準備はいつまでたっても行うことができない。
じゃあプランナーになれば?と言われそうだけれど、わたしはとても薄情で他人の結婚式にそんなに親身になれないので、やっぱり自分の式がいい。

世の中に結婚式以外にそういうパーティーはないものか、と無駄なことに頭を使ってしまってねむい。本当にしょうもない。

日記:かげきしょうじょ!!6巻が面白かった

夏目友人帳のために帰りに寄った本屋で「かげきしょうじょ!!」の6巻が出ていることを知った。もちろん購入。今は白泉社のメロディ連載だけれど、ジャンプΧ連載のときから地味に継続して読んでいる(いつも飛び道具みたいな移籍だなぁと思う、というか元々ジャンプなのが謎だな…)。

こういうジャンルは「ヅカもの」とかいうのだろうか。宝塚歌劇団ならびに音楽学校をモチーフとした漫画群というのはこれまでにもたくさんあると思う。これもその係累だけれど、主人公の生い立ちに関連して歌舞伎も出てくる。そのふたつの絡ませ方がとても上手いな、というのが個人的な感想で、5,6巻はとくにふたつの比較……というか……違いと共通項の表現……?が上手いな……と思った。言ってることに自信がない。
というか、ことメインの登場人物の感情については紅華(作中の歌劇団)よりも歌舞伎のほうがメインなのでは……?と読み返してみて思ったり。

あとはこの漫画は「演技が上手い」ことの説得力がすごい。
漫画は作られたものなので「あいつ、演技がめちゃくちゃ上手い!」と登場人物が言えばそれはとりあえず作中での真実にはなるのだけれど、それとこっち側の読者が納得するかはイコールではないので、如何に「演技が上手い」ことをこっちに納得させるか、というのが難しいだろうな、と芝居ものの漫画を読んでいて感じる。


完全なるスターシステムで役者(トップスター)のキャラクターにあわせて作られる紅華の舞台と、役者如何に関わらず昔のまま、「型」を脈々と引き継いで演じる歌舞伎、さらさがこれからどのような芝居を作っていくのか。
オーディションでのさらさティボルトのラストの表情に込められたあらゆる感情を想像するとぞわぞわする。



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すごいネタバレ見解をかますけど、さらさは煌三郎でなく歌鷗の子なんじゃないかなと思っている。そっちのがじいちゃん怒るよな……みたいな。いやーん。

日記:Twitterアカウント往き来

今日は仕事終わって帰ろうとしたところで逆ギレ顧客からの電話をとってしまった。丁寧に対応したわたしの徳が積まれまくりだ。
最近は感情の振れ幅が大きい気がしていたけど、自分より怒ってる人と相対して(電話だけど)いたらわりと冷静になった。よくある話だけど。

わたしはTwitterのアカウントがみっつくらいあるのだけれど(くらい、とは、パスワードも何もかも忘れてインターネットの海に流されてしまったのがいくつかあるため)、メインふたつはわりと流動的に運用していて、なので探せば見つかるし結びつけようと思えばすぐにイコールで繋がるような感じだったりする。

緩いなりに自分の中では一応分けていて、このブログがリンクされているほうがオタク全般、もういっこは舞台オタク、みたいなつもりなのだけれど、結局どっちでも同じ話をしているので分けた意味がほとんどない。フォローフォロワーの違いくらいだろうか。

でもフォロワーが違って自分の名前が違うだけでずいぶんと違う人間であるように振る舞える。同じ事を話しているのに明らかに気を付けている部分が違う。暗示というものかしら。

ここまで書いて、最初に考えていたことと全く違う方へ進んでしまった気がする。たぶんこれは「ちゃんとした読める文章を書こう、公開しよう」という無意識の路線変更のように思う。 本当はもっと支離滅裂で目的がなく、それだからこそ素直な感想だったのに、一気にへたくそな文章になってしまった。エッセイが上手い人というのはすごい。

日記:勧められた作品を見る/読むこと

昨日よりさらにただの日記。もともと要約文が好きなのもあり、ですます調の文章が向いていないことを昨日やっと自覚。過去の日記がとても恥ずかしい。

今日はなんだか矢鱈と脚が怠い。特に歩き回ったわけでも、冷房の中でじっとしていたわけでもないのだけれど。

昨日の夜に「魍魎の匣」を読み終わり、そのあとすぐに「狂骨の夢」に取りかかる。寝る前と通勤往復の計3.5hくらいで電子版一冊めを読み終わる。これまでの感想として、憑き物落としまでの前段は起伏がそこまで大きくないので、眠いときに読むと眠さが余計に際立つ。でも面白いなぁ。

わりと友人が勧めてきたものを素直に読む/見るほうだとは思うし、それで嵌まることもよくある。紹介されて買うようになった漫画が棚にはたくさんある。自分でも直感で買ったりするけれど、まだまだ勘がにぶいらしく、打率はそこまでよくない。ここ数年の間、自分で買って素晴らしかったのは売野機子先生くらいかな。
ま、もちろん買いやすさ(入手しやすさ、巻数の少なさ、等)によっては何年も勧められたまま買わないものもあるけれども、そこも含めて縁かしら、と思ったりもする。


弟が布団の上で180度回転している。たぶん朝までにあと400度くらい回転するだろう。





2018-8-29

日記:読書家ではないわたし

ごく個人的な、風呂で考えてたこと。

中学生くらいまで自分は読書家だと思っていたんだけど、そんな読書家ではないということに高校生くらいで気付き、さらに好きな本を繰り返し読んでいたというだけで、総量としては読んでないんだよな…ということに、4年くらい前に気付いた。


わたしの家には本はあまりなくて、あるのは親のビジネス書と、芸能人のエッセー本、料理本、あと母親がいわゆる新宗教に近い団体にいるので、そこの本、それくらいしかなかった。これは今も(わたしの部屋以外は)基本的に変わらない。

わたしは中学生のとき弟が生まれるまで一人っ子だったし、前述の団体のあれそれで母親はよく出掛けていたので、自然一人遊びが増えて、絵を描くなり本を読むなりしていたんだけど、両親はそこまで本好きではないので、わたしもそんなにたくさんの本を買い与えられるような感じではなかった。
もちろん人並みには買ってもらってたけど、毎日違う本を読むほどの数はなくて、同じ本を繰り返し繰り返し、暗唱できるくらい何度も読んでいた。そうだ、ディズニーの白雪姫、プーさん、ミッキーの王子と少年(マーク・トウェインのあれですね)のVHSも叔父さんから貰ったので、それも台詞覚えるくらい見てた。

そういう癖になっていたのか、もう少し大きくなって町の図書館や学校の図書室でたくさんの本の中から借りて読むようになっても、好きな本とそのシリーズばかり繰り返し読んでいた。こういう読み方はよい面とよくない面があると思う。

それでも本を読むには読んでいるから、図書室にはしょっちゅう行っていて、なんとなく自分は読書が好きなんだと思っていた。ちなみに多感な中学生のときにシャングリ・ラ新世界よりを読んでしまったのは事故だなぁと思っている(disではないです)

大学生になってから、本は買うものの、課題の本ですらなかなか読む気になれなくて、こりゃ読書家でもなんでもないわ~と思い現在まで至る。わたしの部屋は2,3ページだけ開いて棚に差し込まれた本だらけ。漫画はすぐ読むんだけど…。


こういったことを考えると、趣味は?と聞かれて読書です、とは言えないなぁ、とか思う。もちろん相手は私がどんな本を何冊読むかなんて(読書家じゃないかぎり)わりとどうでもよいし、ただの世間話なのだけれど、趣味の話をするたびに謎の逡巡がある。

あやめ十八番「ゲイシャパラソル」(再演)

一年ぶりのブログですが生来の気持ち悪さを発揮した文章になりました。

初演も行きましたけど、けど、まさか、再演でこんなにズブズブに絡めとられるとは思わなくて、今窒息しそうです。ので自分の息継ぎのためにまとめます。ネタのバレ満載ですし読みやすさは考慮していません。Twitterでつぶやいたことも重複してます。オタク的文章が苦手な方は見ないでください。







やはしダブルキャストって好きです。ダズデビはあれはキャストほぼ同じで演出違い&入れ替えだったからあれもあれで楽しかったけど…ダブルキャストだと役者さんの元々持っている素質やそれぞれの役にたいするアンサー、間の取り方で出来上がるものがまったく違っておもしろい~~!


今回墨組から観たのですが、なんか、実写化!?みたいな気持ちになりました※最初から実写です。いや、実写感あるんですよ……ほんとだもん……ほんとにあるんだもん……
まずルオのビジュアルですね。サラサラの長い髪をひとつに結わえて黒のワイシャツ、ピンクのネクタイにグレーのスーツですよ。もちろんベストも着用している!!!オタクの好むポイントをバッチシ押さえてきてるビジュアルからして実写化おめでとうってかんじです。もともと実写なんだけど。(くどい!)

墨組の日色とルオ、それぞれ別ベクトルではあるけどめちゃくちゃ強いというか、こうと決めたらもう動かない感じがあるような…。だいすけさん日色のとにかく偉そうで歪んでて強気なあり方に対して、吉川さんのルオはこどもの無邪気さのまま大人になっただけで、自分にとても素直なかんじ。足腰強いというか……
紅組の初演コンビのほうは、塩口さんルオのあらゆるしゃべり方やら仕草から人を食ってる感じがあって、和知さん日色や堂島の翻弄されっぷりがより際立つような気がしました。個人的にね。日色が何言っても暖簾に腕押し柳に風、という感じで、笑いながらひらひらと逃げていくような、そんなイメージ。塩口さんルオもビジュアル最強……あの髪型にピアスが似合う……成金感をビジュアルから補強してくる……


村上さん大呉、あまりにも包容力が抜群で、墨組の大呉と仇吉は恋に恋する!というよりは穏やかさが前面に出ていたかも。それもまた好き!!!!!良い!!!!!!

紅組、美斉津さんの大呉がでてきた瞬間にヒュッてなって……このひとを贔屓にしててよかったと心から思いました。いやヒヨッコなファンなのでそんな偉そうなこと言うなって話なんですが、でも、やはり存在そのものの説得力がすごい。指先ひとつ、合いの手ひとつ取ってもすべてがこちらを納得させてくるというか…バチッとピースがはまるというか。


わたし、お芝居を観るようになって、そのなかで好きなものとそうでもないものとを分けて行くなかで、説得力というのが個人的な好みとして大事なポイントなんだなと思います。
いくらぶっ飛んでるキャラ付けだろうと、現実的なキャラだろうと、板の上では等しくしっくり来るように、実在感のレベルを上げるというか、いわゆる「解像度を上げる」ってことだと思うのですけど……それが出来ている役者さんってすごいな~~と心から尊敬します。
普段生きているときですら自分の身体ってぜんぜん思う通りに動かないのに、自分でないなにかになってそれを観客に納得させるってすごいことだと思う、ってのがここ最近の思考における個人的キーになっています。


それと、初演のゲイシャパラソルで小口さんと石田さんの声にとてもとても惹かれて、今回もとても素敵なお声と演技でした……小口さんは鈴を転がすような、石田さんは清冽な水のような……静かな台詞でとても生きてくるお声だなぁとしみじみ思います。声フェチ。
初演のときに書いたのが、わりと感情の盛り上がりが大声で表されてしまってる気がして、静かな爆発をもっと観たいと思っていた(そこは煙夕空で観られたと個人的に思ってる)のですが、今回箱が大きいのとか、再演であることとかが関係しているかは分からないけれど、より好みの方向になっていたように思います。以上素人の意見でした。


演出?空間の使い方?もよかった~~、初演は正直あの人数で芝居回すには狭すぎたのでは…と思ってたんですが、今回広くなって、間の取り方とかはむずかしくなったかもしれないけど、特に同時進行のときとかそれぞれの関係性が分かりやすくなってた気がします。より洗練されているというか。ライトもそれを助けていて、ダズデビのときもそうだったけど、ほんの少しの光量や角度の違いで、いま観るべきポイントを指し示してくれるライトだったなぁと思います。
「おもらいさん」の出てくるところで青い電気が付くとき、昔の蛍光灯で虫が焼けたときみたいに一瞬バチバチってなるのが演出としてやってるのかわからないんですが好きです。こう、何かやばいものが現れたな、ってときのザワザワする感覚に合ってる気がします。


まさかここまで墨組のルオに囚われるとは思わなくてびっくりです。もうそこばっか観てしまった。
初演メンバーが~とか新メンバーが~とかでなく、その役をその役者さんがやるとそうなるという必然性というか、それぞれの組のカラーが見事にパッキリと見える公演でした。どっちもまるきりゲイシャパラソルではあるのに、あそこまでちがうんだな~。

追記:
14日マチネの墨組も急遽追加して観てきました。購入した舞台写真のセレクトに趣味が出過ぎている。
今回はR列のめちゃくちゃ端だったので、普段は見えない角度からの演技が見えて(ルオがフーにこれ言っていい?って振り向いて確認する顔とか、ルオが仇吉にビンタされた後の顔とか※ピンポイント)、とくに村上さんの大呉の顔が結構よく見えて、ああここではそういう顔をしていたのか……とボロボロ泣きそうになりました。読める、なぁ、書けよう、お前にも!(号泣)
あと楽隊(とくに吉田兄弟)の手元もよく見えました。謎の筒とか謎の太鼓とかけぶるゆうぞらのときのあれとか。ゲイシャパラソルは既存の曲のアレンジですけど、それでもやっぱり唯一無二の音楽を鳴らしてくるからすごい。


ほんとにこの一週間、ゲイシャパラソルのことばっか考えてて、このブログもかなりちまちまと更新続けてて、好きな舞台をリアルタイムで観られる幸せを噛み締めています。
あやめ十八番としての公演は次は一年後とのことですので、気長にお待ちしております!

あやめ十八番「ダズリング=デビュタント」観劇

こんばんは。そろそろ初夏じゃない?と思っている暑がりなわたしです。

週末を利用し あやめ十八番「ダズリング=デビュタント」西洋画版、日本画版2パターンを観てきましたので以下ネタバレ個人的感想をば。
ちなみに大テーマとか裏テーマとかを考察したり読み解くことができない人間なので、それはもう煩雑で感覚的な覚書です。ほぼ箇条書き。




霓裳羽衣における性別逆転(男性による女役)はあまりに自然だったけれど、ダズデビ日本画版における男女逆転は不安定さにより物語の推進力になっていたような気がします。
性別だけでなく、横文字なのに着物だったりとか、衣装のちぐはぐさだったりとか、そういう違和感が積み重なってこちらの脳みそにバチバチ刺激を与えてくるというか。
こりゃ西洋画版から観たほうが良かったなと思いましたが仕方ないそういうこともあるよね!!!


舞台のつくりに関しては照明が上手いな~~と終わってからしみじみ思います。ほんの少~しの明るさの差なのに、ちゃんと今クローズアップするべき、注目すべきところはここだよ、と導いてくれる。だから場面転換も分かりやすかったのかも。

音楽はもちろん最高!!です。テーマ曲は西洋画版のほうが不協和音なかんじがしましたが耳が悪いのであてにしないでください。単純な好みだと日本画版のほうがすきです。


エミーユの差異について個人的なあれこれ。

日本画版のエミーユはこちらに何も読ませてはくれない、ただ教会として存在し、こちら側の懺悔を黙って受け入れる、無機質なかんじ。
だからこそ石田さんの軽やかで透明な声がすてきです。(石田さんはニセロン男爵婦人のときもめちゃめちゃめちゃ好みの演技をされていて、今回でとてもファンになりました)

西洋画版のエミーユは分かりやすく包み込んでくれる女性性と母性を感じる、
日本画版よりも赦しを積極的に(というと語弊がある?)与えてくれるような。だからわたしたちはエミーユにすがってしまうのです。
もりこさんのさばけた感じが出ているのかもしれない。


ラスト近くのマオの懺悔のシーンは、音楽の盛り上げかたと台詞の勢いがぴったりだったためか、マオの感情がこちらに洪水のように流れ込んできて、涙がぼろぼろ流れました。
ここ台詞がいいんだよなぁ~~~~!「殴るのも……しのびなくて、」という言葉にどれだけの思いが隠されていたのだろう、とか考えてしまう。


カトリーヌとポーリーヌに待つ未来がほんとうのさいわいにあふれたものでありますように。と願わずにいられないです。