みたもの備忘録

ジャンルを行き来するオタクの妄言。たまにまじめなこと

すきなのかきらいなのかわからないというはなし

わたしは中学校からおよそ10年ほど、ずっと合唱をしてきました。本当にたまたま、部活動見学で中学校の音楽室に行かなければ合唱を始めることは無かったし、そうなると高校も違うところだったかもしれない。大学に入ってからはサークルではなく地元のほうで2つの社会人合唱団に入っていました。

それだけずっと続けてるとよほど合唱好きなのねってかんじですが、じつは去年の年末に合唱団は2つともやめました。

バイトの人員不足と就職活動、それに卒業論文が重なって物理的に合唱に割く時間がなくなり、2015年の初夏から合唱団を実質的にお休みしていました。死に物狂いで色々こなして、夏休みころにふっと暇ができたとき、「合唱をしたくて仕方ない!」という気持ちがないことに自分で気づきました。

というかそもそもわたしは本当にやりたくて合唱をしていたのだろうか?他にできることがないから消去法で選んだのではないか?など、色々考えてしまい、余計につらくなっていました。
そうなると時間ができても気が向かないのでほとんど休んでしまい、結局はやめてしまいました。

ちなみに今現在も合唱がなくてもとても楽しい毎日を送ってます。だからもうわたしはそっちにはいかないんだろうな。
中高の顧問や団の指揮者、先輩には本当にお世話になってきて(特に高校の部活の関係は7年くらい関わりがある)、それなのに「やっぱわたし合唱そんな好きじゃなかったっすわ~」と言うのがものすごく申し訳なくて、でもそれが本心なんだから仕方ないよなあ…と現在進行形でぐるぐる悩んでいます。

好きってなんなんだろうなー。きらいではないんだけど、もっと好きなものがたくさんできて、優先順位が下がったというべきなのか。
10年もやってくると、自分と同化しているというか、わたしの根っこの部分を形作ってしまってるので、自分のこれまでを否定してしまうような気がするのもつらい。アイデンティティとしての合唱、あるいは合唱団。合唱団のなかでわたしはわたしたりうる…?わからない

もっとシンプルに考えればいいのかもしれないけれど、わたしのこの気持ちのもやもやとか、つらさとか、そういうことを考えないとだめな気がするんだな。